インドアで振り返る

久々に晴れた朝。天気予報は曇のち雨(2023年6月1日)

天気

曇のち雨
最高気温 26度、最低気温 15度
日の出 4:26、日の入り 18:48

久しぶりに晴れている。

母と妹は、年金事務所に出かけた。

昨日の夕方、リッピアを一部、庭に植えた。

広がるといいなあ。

夜は、『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著))を読んだ。

『嫌われる勇気』を読むと、色々な考えが頭をめぐる。

全く考えがまとまっていないけど、思いついたことを書く。

アドラーは、競争から降りることを勧めている。

私は、競争意識をもって過ごしているつもりはないのだけれど、たまに劣等感を抱くということは、競争から完全に降りてはいないのだと思う。

会社には、人事評価の制度や、昇進や出世がある。会社人生では、どうしても「周囲と競争する」という意識を心のどこかに持ちやすい。

社員の全員が管理職になれるわけではなく、選ばれた人たちだけが管理職になる。

「管理職だからといって、人間として上なわけではない。役割が違うだけだ。」という建前ではある。

でも、給与は管理職の方が多い。

だから、「管理職の役割をこなしたい」とは思っていない人でも、「今よりも多く給与を貰いたい」という理由で、漠然と管理職に憧れることはあると思う。

あと、人間は自然と、上下関係があると、上の立場の人に気を使うと感じる。

本当に平等だと思うことはない。

その反面、人間はいつか仕事を引退する。

引退すれば、仕事上での立場は、意味がなくなる。

人は、定年退職した時に、ようやく長い競争人生から降りることができるのかもしれない。

私は、決して上昇意識が強く、ガツガツしているタイプではない。

それでも、「私は駄目だなあ」と周囲と比較して落ち込むことが多いから、やはり競争から降り切れていないのだろう。

100%競争から降りたいなあ。

会社なんて、お給料がきちんともらえて、仕事で誰かの役に立てれば、それでいいもんなあ。

誰かの期待を叶えるために、生きているわけではないよなあ。


『嫌われる勇気』のアマゾンのユーザーレビューが2万以上ある。

この本に影響を受けた人たちが、それだけ多いんだなあ。